"ちょっと配慮すればできる"と いうことに関して (was: Re: 認 識障碍)



On Fri, 13 Aug 2004 13:33:46 +0900,
Tsutomu Kamimori <tom@xxxxxxxxxxx> wrote:
>地図の件に関して言えば、駅からの道のりをテキストで説明文を添えるとか、ペー
>ジ内でそれを達成させるのが難しければ、別のページで解説すると言った、ちょっ
>とした優しさというか配慮があれば実現できることってあると思っています。

http://www.b-architects.com/info/access

上記URLのページは弊社までの道のりを示した地図です。
このページを当時(2001年だったかな?)制作するにあたり、地図と住所を
単に示すだけでなく、そこまでの到達経路をテキストで表現したものです。

ちなみに地図の画像には、alt属性に空の値を入れてあり、代替テキストを
つけていませんが、これは続くテキストが十分に代替する情報であり、
かつその代替する情報は、一般的なグラフィカルブラウザにとっても
有用な内容であると思われるために、パラグラフとして明示するように
意味づけしているわけです。

さて、この地図ページはわりとよく出来たなと思っているわけなのですが、
実際にはこれを示しても弊社・東京オフィスまで到達できない人が
それなりに存在します。
そのいずれもが障碍のある人でなく、いわゆる健常者の人です。

まあそのためにも、住所と電話番号という必要最低限の情報を示して
おり、どうしてもわからなかったら電話してくださいという状態を
作っているわけなのですが、とある到達できなかった人のひとりは、
電話することを躊躇して電話してこなかったために、結局到達できなかった
という、なんというか素直に電話してくれよと思ったとかいう事例も
実際にはあったりするのです。

で、何がいいたいのかというと、配慮によって実現できることは多々
あるけれども、いわゆる障碍のある人でない人までも含めて考えようと
訴えるのは、*制作者への配慮が足らない*事態になりやしないかという
懸念を感じる、というような気持ちをいいたいといいますか。

いや、あらゆる環境と状況に対応していこうと考えることそのものは
まったく問題ないどころかむしろ望むところなのです。じっさい僕も
日常的にはそのように考えておりますし。
ただ、「ちょっと配慮すればできる」という曖昧で抽象的な表現を
用いるときは、その対象をある程度限定した前提で考えたほうが良いと
思うわけです。まあもちろん、そのためのWCAG 1.0でありJIS規格である
わけなのですけども。


ちなみに、このページでも駄目だったという事例を、その体験者に
じかに聞いたときは、けっこう残念な思いをしたものです。
もっとどうにかするには、その行程上のランドマークとなりうる写真を
多く添えるとか、じっさいに歩いてオフィスまで到達する内容の映像も
置いておくとかでの対応ってことになるのですかね。


-- 
yuu Morita
http://w3j.org/